目が覚めたら、全てが夢であった!!・・・・なんていう事はなく、遥斗に罪はないのに、まだよく分かりもしない『ダウン症』に押しつぶされるような気持ちで一週間が過ぎ、その時点では特に目立った合併症もなかった(というか、心雑音を見逃されていた)遥斗は、私と共に、無事。。。。ではないが退院した。
その時点で遥斗の事を知っているのは、私達夫婦と実母のみなので、里帰りした、大家族である実家はある意味辛かった。なんせ「おめでとう」の数が多いのだ。
実家には私の両親に兄、父の兄夫婦、若くに離婚して戻ってきて以来同居している父の妹がいる。幸いにも、父の兄夫婦にも、妹にも子どもがなかった為、健常な赤ちゃんを良くは知らないみたいで、ただただ「可愛いなぁ〜」と言っていた。しかし、素直にその言葉は受け止められなかった。
そして父は、その当時流行っていた「孫」という歌を、よく口ずさんでいた。
「もし、この子がダウン症であっても、可愛い孫だと歌ってくれるのかな・・・」
何もかもに疑いの気持ちがあったあの頃・・・。
パパの強い希望で、退院してすぐに紹介状を書いてもらった県立奈良病院に遥斗を連れていった。発達外来を担当されているN先生は、長い時間かけて遥斗を観察し、採血をして、穏やかにこう言われた。
「採血の結果が出ないとハッキリしたことは言えませんが、色々な体の特徴からして、ダウン症である確立は高いと思われます。」
鼻が低いのはパパ似だと思った。目が離れているのは私に似て。
体が柔らかいのは、赤ちゃんだからだと思っていた。
・・・いや、そう思いたかった。
でも先生が見ていたのは、それだけではなかった。手の小指が内側に曲がっていたり、耳たぶが折れ曲がっていたり、掌に「猿線」と呼ばれる手相があったり、かかとの形が特異だったり・・・後々医学書を買って勉強してみると、そっかぁ。。。そんな違いがあったのかという程、ダウン症である判断のポイントはあった。
・・・あったが、きっといざ自分でチェックしろと言われても、認めは出来なかったんだろうけど。
「結果は3週間後にでます。出来ましたらご夫婦でお越し下さい。あと、今聞いたところ心臓に雑音が認められます。明々後日、エコーと心電図をとりますので、予約をとって帰ってください。」
今思えば情けない親なのだが、心臓に雑音・・・と言われてもピンとこなかった。健常で生まれていたら「心雑音?!」と蒼くなっていたのだろうが、その時はまだ、私の中では障害の事の方が重きをおいていて、《ダウン症なんかな・・ダウン症なんかな・・・・》と、ずっと考えていた。
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